大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成12年(ネ)4630号 判決 2000年12月28日

控訴人 株式会社 新潮社

右代表者代表取締役 佐藤隆信

他1名

右両名訴訟代理人弁護士 鳥飼重和

同 多田郁夫

同 森山満

同 遠藤幸子

同 村瀬孝子

同 今坂雅彦

同 橋本浩史

同 吉田良夫

同 権田修一

同 内田久美子

同 高田剛

右両名訴訟復代理人弁護士 國貞美和

被控訴人 A野春夫

右訴訟代理人弁護士 高野一郎

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2  右取消部分にかかる被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

一  原判決の引用

次のとおり訂正、付加、削除するほか、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四頁六行目の「損害賠償」から七行目の「請求する」までを「損害賠償及びこれに対する不法行為の日の後からの遅延損害金を請求する」と改める。

2  原判決七頁四行目、一〇頁四、五行目にいずれも「おじいちゃんが泣いているゾ!」とあるのを「おじいちゃんが泣いてるゾ!」と改める。

3  原判決八頁三行目に「一郎は」とある次に「、平成一〇年四月当時」を加え、同六行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 その後、代沢の土地建物については、平成一二年七月一〇日、同日付け売買を原因として、株式会社ジョイント・コーポレーションに所有権移転登記(代沢の土地)ないし共有者全員持分全部移転登記(代沢の建物)が経由された。(乙四三ないし四七)」

4  原判決一八頁四行目に「川村」とあるのを「株式会社ケイダッシュ」と改める。

5  原判決二〇頁三行目に「原告」とあるのを「一郎」と改め、同七行目を次のとおり改める。

「③ 代沢の土地建物について、平成一〇年四月当時、売却の予定はなかった。」

6  原判決二一頁三行目及び同七行目から同一〇行目までを削る。

二  当審における補充的主張

1  控訴人ら

(一) 名誉毀損の成否

(1) 本件記事のうち、被控訴人が名誉を毀損したと指摘する部分(原判決の第二、一、2、(一)ないし(六))は、被控訴人自らが話した事実を前提とした相当な論評であるから、名誉毀損は成立しない。すなわち、この論評は、右事実を不当に誇張したり歪曲したところは一切なく、右事実を前提として相当な評価をしたものにすぎず、かつ、被控訴人自身も本件取材当時にかかる評価がされることを十分予見することができたから、違法性はない。

(2) 本件記事のうち、原判決の第二、一、2、(三)の記事は、被控訴人が経営をまかせた人物について記載したものであって、被控訴人を対象とするものではないから、名誉毀損が成立する余地はない。

(二) 違法性の阻却

被控訴人自身、週刊新潮本号に掲載されることを知りながら本件取材に応じており、本件記事の内容を十分予見することができたから、本件記事の掲載は、社会的相当性を有するものとして違法性が阻却される。

(三) 公共の利害に関する事実

私人の私生活上の行状が公共の利害に関する事実に当たるかどうかは、①その私人のたずさわる社会的活動の性質、②これを通じて社会に及ぼす影響力の程度などによって決すべきところ、その比重は、①が高い。そして、①一般大衆を顧客とする事業については、当然に公共性があるが、被控訴人が代表取締役に就任している会社はいずれも一般大衆を顧客とする事業に該当する。また、②被控訴人は、その人脈等を通じて、政界、財界に対して少なからぬ影響力を有している。

したがって、本件記事は、公共の利害に関する事実である。

(四) 本件記事の真実性

① 被控訴人が出資して経営に参画していたA田株式会社(以下「A田」という。)は、現在清算手続に入っている。

② 代沢の土地建物は、平成一二年七月一〇日、売却された。

したがって、本件記事は真実である。

(五) 過失相殺

仮に名誉毀損が成立するとしても、被控訴人は、自ら積極的に控訴人会社に架電して取材に応じ、自発的に自己の関与してきた事業が「失敗の連続」であったことを語った以上、本件記事が掲載されることを十分予見することができた。しかるに、被控訴人は、取材した結果について記事として書かないよう明示的な要請をしなかったから、その過失割合は九割ないし九割五分になる。

2  被控訴人

(一) 名誉毀損の成否

本件記事のうち、原判決の第二、一、2、(三)の記事は、本件タイトル、本件漫画、その他の本件記事と併せて読んだ一般の読者に、被控訴人自身も含めて「二世というだけで経営手腕など皆無に等しい。」という印象を抱かせるから、右記事も被控訴人の社会的評価を低下させる。

(二) 違法性の阻却

被控訴人は、週刊新潮の記事にすることを承知で本件取材に応じたものではない。

一般に、自己の処分可能な法益を侵害することについて被害者の承諾があったとしても、その法益侵害の態様が社会的相当性を有しない場合には、なお違法性が阻却されない場合があるとされている。これに対し、控訴人らは、右の被害者の承諾がなかった場合にもなお社会的相当性があれば違法性が阻却されると主張しているのであって、右主張はそれ自体失当である。

(三) 公共の利害に関する事実

単に公衆の興味・好奇心の対象となるにすぎない私生活に関する事実の暴露は、公共の利害に関する事実ということはできない。これが大原則である。そして、これを修正するものが控訴人の主張する①、②の基準であるから、かかる基準は厳格に解釈されなければならない。

なお、学説上、「一般大衆を顧客とする事業に関する事項」についても公共性が認められるのは、「公共的事業」や「独占的色彩のある企業活動」に匹敵するような場合を前提としているのであって、被控訴人の出資、経営するような中小零細企業はここから除外される。

(四) 本件記事の真実性

① 被控訴人は、平成五年七月ころ、A田の役員を辞任し、それ以降、同社の経営に携わっていない。

② 代沢の土地建物は、被控訴人の事業経営とは全く関係のない事情によって、すなわち、二郎が、平成一一年に、賃借人である竹下元首相から入院の長期化等を理由として平成一二年六月までには退去したいとの申出を受けたために売却されたにすぎない。

(五) 過失相殺

被控訴人は、取材に応じたのではなく、取材活動を止めてもらうために齊藤記者らに会ったにすぎない。そして、被控訴人は、齊藤記者に記事にしないように明確に述べた。したがって、被控訴人に過失はない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人の請求のうち原判決が認容した部分は理由があるものと判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」に認定説示のとおりであるのでこれを引用する。

1  原判決二四頁一一行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人らは、前記第二、一、2、(一)ないし(六)の記事は、事実を前提とした相当な論評であり、かつ、被控訴人自身も本件取材当時にかかる評価がされることを十分に予見することができたから、違法性がない旨主張する。

しかしながら、右記事がたとえ事実を基礎とする論評であるとしても、その論評は、論評としての域を逸脱したものであり(最高裁判所平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)、かつ、被控訴人自身が本件取材当時にかかる論評がされることを予想することができたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人らの右主張は、失当である。

また、控訴人らは、本件記事中、前記第二、一、2、(三)の記事は、被控訴人を対象とするものではないから、名誉毀損が成立する余地はない旨主張する。

しかしながら、右記事は、その前後の部分や本件タイトル、本件漫画等を併せ読んだ一般読者に被控訴人自身もA野元首相の直系の「孫」というだけで「経営手腕など皆無に等しい。」との印象を抱かせるから、控訴人らの右主張は採用することができない。」

2  原判決二五頁一行目に「おじいちゃんが泣いているゾ!」とあるのを「おじいちゃんが泣いてるゾ!」と改める。

3  原判決三〇頁一〇行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人らは、被控訴人が週刊新潮本号に掲載されることを知りながら本件取材に応じ、本件記事の内容を十分予見することができたから、本件記事の掲載は社会的相当性を有するものとして違法性が阻却される旨主張する。

しかしながら、被控訴人が、本件取材に基づいて週刊新潮のマネー欄に何らかの記事が掲載されることを認識していたということはいえるとしても、本件記事の内容を十分予見することができたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、右前段の事実をもって社会的相当性があり、違法性が阻却されるということはできないから、控訴人らの右主張も採用することはできない。」

4  原判決三一頁一〇行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 また、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(前掲最高裁判所平成九年九月九日第三小法廷判決)。」

5  原判決三四頁一〇行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人らは、被控訴人が代表取締役に就任している会社はいずれも一般大衆を顧客とする事業であり、被控訴人がその人脈を通じて政界、財界に対する少なからぬ影響力を有しているから、被控訴人の私生活上の行状も公共の利害に関する事実に該当とする旨主張する。

確かに、さきに説示したとおり、私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として公共の利害に関する事実に当たる場合があることは否定できない。しかしながら、たとえ被控訴人が代表取締役に就任している会社が一般大衆を顧客とする事業を営んでいるとしても、その一事をもって直ちに被控訴人の私生活上の行状が公共の利害に関する事実に当たるということはできないし、被控訴人ないし右会社の社会的活動が社会に及ぼす影響力が大きいと認めるに足りる証拠もない。したがって、控訴人らの右主張も採用することができない。」

6  原判決三五頁四行目を削り、三六頁二行目から同一〇行目までを次のとおり改める。

「五 争点5(過失相殺)

控訴人らは、被控訴人は、自ら積極的に取材に応じ、自発的に自己の関与してきた事業が「失敗の連続」であったことを語った以上、本件記事として掲載されることを十分予見することができた、しかるに、被控訴人は、記事として書かないよう明示的な要請をしなかったから、九割を超える過失がある旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、被控訴人が取材に応じた事実は認められるものの、本件記事が掲載されることを予見することができたとして、被控訴人に過失を認めることはできないし、他に被控訴人の過失を認めるに足りる証拠はない。してみると、控訴人らの右主張は採用することができない。」

二  結論

以上によれば、原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増井和男 裁判官 佐藤武彦 揖斐潔)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例